明智あれこれ

深センに滞在中
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瀋陽に愛がない件

テンションが保てません。


ホームシックではないです。
引越したいんです。
南西の方に。


まず下の図を見てください。


年表




瀋陽は清代の故宮や、清朝の開祖ヌルハチ、2代目ホンタイジのお墓もあります。
張作霖の屋敷すら残っています。
日本の植民地、満州国時代の趣きある建物もちらほら存在しています。



全然興味が沸きません(ノ∀`)

絵葉書を買うために故宮の前を通り過ぎた程度。


私が心底行きたいと思うような旧跡名所は中原周辺にあるため、1回の移動距離が青森⇔九州レベルになってしまいます。
たとえば唐代の頃の瀋陽なんて、都からしたら未開の地、蛮族の住む土地だったんです。

無題




想像してみてください。

武田信玄好きな外人さんがいたとして、長年の夢がかなって日本で働くことになりました。
第一希望は山梨、第二希望は長野で就職活動していたのに、フタを開けたら函館勤務決定でした。

「函館か…。幕末だったら新撰組の土方縁の土地だけど。
俺が好きなの戦国時代だけだし…。
戦国時代、函館は関係ないし…。
山梨にも気軽に遊びに行けないし…」

という感じです。



満州国や張作霖が大好きな人にとったら、瀋陽は天国だと思います。
私も折角瀋陽に住むならと浅田次郎の本を読んでみたりしたのですが、好きになるまではいきませんでした。
(清朝末期あたりからの中国史は、特に日本との軍事的な絡みが多く、生々しくて苦手なんです)

ちなみに張作霖とは、中国東北地方最大の馬賊の頭領で、貧しい者たちを助け続けた任侠の親分です。
瀋陽の人たちは、今でも張作霖を誇りに思っています。
1928年に、日本軍が殺しました(張作霖爆破事件) ○| ̄|_ 
ゴメンネ…

瀋陽中国人との飲み会で張作霖の話になると、思わずあやまってしまう。




来た当初は、瀋陽在住・清朝の古都で暮らすことに対してテンション高かったのですが、最近どうもいけません。

ああ、中原に住みたい。

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